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  • 執筆者の写真十一社 JUICHI-SYA

This Selected Item No.04「看見李火𡑭」

更新日:2020年2月19日


今回は台湾書籍、写真集『看見李火𡑭』。

このタイトル、実はアートの分野で注目される事がしばしば。写真家・李火增(1912-1975)は「鄧南光、張才(ともに台湾のビッグネーム)と親交を結んでいた」、「1943年に第一回「登録写真家制度」に入選した」という前振りだけではなく、そのフィルムが近年新たに発見されたというニュースも一助となり、再び人々の関心の的となっています。



スタジオ撮影にこだわらなかった李火𡑭。いつでもどこでも、カメラを片手に歩いていたのでしょうね。この生々しさ。作り込まれていないのに、作り込まれたような見事な構成。モノクロの紙面をみつめていると、切り取ったものでありながら、光や風、匂いが肌をなでるような気さえしてきませんか。



流れ行く空の雲や笑うこどものほっぺ、土煙の道を忙しなく歩く人夫の足音。色や音、動きが手に取るように浮かび上がってくるようです。




李火𡑭は日本統治時代に生まれた台湾の人。お父さんはお医者さんで、裕福なお家でした。やがてカメラ店などに出入りするようになり、カメラマンの道へ。この写真集に収められている作品の年代は、1935年から45年までのもの。まあまあのどかなお天気がやがて曇り空へ、そして…という時代。商品解説文を引用してみましょう。

歴史と文化が交錯しつつも、まるで笑い声が今にも聞こえてきそうな健やかな笑顔。一見カジュアルにも見える切り口からは、特徴とも言えるフットワークの軽さを伺い知る事ができます。「戦前」「戦時下」という言葉から受け取るイメージとはまた違った生命力溢れる当時の風景に、きっと驚かされる事でしょう。

「近所にカメラ屋さんがあったから」「若い頃からカメラに触れる機会があったから」だけでしょうか、彼がカメラの道を歩んだ理由は。李火𡑭のフィルムに映ったものは、雄弁に語っています。きっと根っからのカメラ好き、ではなく、人が好き、なんでしょうね。遠くから、近くから。覗き込むように、見渡すように。人と、時代と、織りなす光陰に惹きつけられた一人なんでしょう。撮影の瞬間はそんな風に思ってはいないのかもしれないけれど、死んだ後にも「彼は人が好きだったんだなあ!」って共感される写真家って、すてきだと思いません?




それにしても台湾の王氏、毎度ながら良い本を作ります。



さて、実はwebsite 「意象・台湾 Inside・Taiwan」に、日本統治時代の李火增による写真が公開されています。この本に収録されていないものもありますので、興味を持たれた方は是非訪れてみてください。

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